気仙川

更新日:2月1日



久しぶりに圧倒的な写真集を見たと思った。

心がぐぐぐとうごかされて、ざわざわとした気持ちが蘇る。

あと2ヶ月強で震災から10年。このタイミングでこの写真集を見ることができたのはとてもよかったのかもしれない。

陸前高田。とても美しい場所だったのだなあと思った。

記録することの意味が、思わぬ形で圧倒的に示された出来事。

もう絶対に同じようには戻らない街並み。

少しずつ街が変わっていくとかそういうことではなく、根こそぎ変わってしまった。

あらゆるものが物理的に無くなった。事前の心構えをする時間も何もなく。


前の「この場所」を知るにはもう写真しか残っていない。

そう理解して見る陸前高田の街並み、人々のようすはより一層美しく、儚さを持って私たちの目に写る。

直感的に、父に見せたいと思った。

父はこれを読んでどう思うだろうか?

見せていいものなんだろうか?

10年という歳月は人々の心を癒してくれているのだろうか。

そして、この写真集を通じて改めて

「当時自分がその当時その場にいなかったこと」

「何もしなかったこと」を改めて責められている気がした。

この気持ちはきっとずっと消えないんだと思う。

「仙台出身で岩手に大好きな祖母が住んでいて、でも当時は東京に住んでいて大学生をしていて、自分のことばっかりで何にもしませんでした」

この薄情さが自分の本質のような気がして、ずっとずっと自分を責めている。


#写真集 #気仙川 #畠山直哉

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